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パラパラ炒飯
茄子の南蛮漬け
冷奴
とうもろこし
中華スープ
萩の月





食べることが大好きなさぶろー山は、

なにより1日3度の食事を楽しみに生き、

全力で食事を楽しんでいる。



中でも晩ご飯は、今日の疲れを癒し、明日への備えとして大事らしく、

毎日のように「今日はステーキにして」「今日は鰻にしよう」「今日はすき焼きで決まりだね☆」などなど、

自ら指定することが多かったのだけれど、

指定したところで叶わないことに気づいたのか、

最近は「今日の晩ご飯なに?」と聞いてくることが多い。



作り手的にも、毎日絵空事を呟かれるより精神的によいので、

この変化はとても嬉しいし、

随分大人になったな、とも思うのだけれど、

「さすがにどうだろう」と感じた今日の電話がこちらでございます。
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まだ昼も食ってねえわ。



もちろんなにひとつ決まっておりませんので、

「米」とだけ言っときました。

でも「麺」になる可能性も大。





ほんでは、ちょっと前の晩ご飯です。
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昨日は気分がノラず、一日中ゴロゴロをキメてしまったので、

売るほどある晩ご飯画像より、色の濃さが際立つ炒飯。



やたら色濃く仕上がった理由は、

醤油がどぼっとでたから(←お料理あるある)。
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予定よりだいぶ醤油色になりましたが、

幸いにも塩を入れる前だったので、

塩を減らして味はセーフ。

パラッパラで美味しかった。



気がする(←なにせ10日以上前で記憶があやふや)。





パラパラ炒飯の他には、山ほど持ってる茄子で南蛮漬け。
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南蛮ネギダレは、いつも以上に酢をきかせ、

私は喜び、家族はむせる仕上がりに。





あとは、キンッキンに冷やした冷奴と、
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もぎたて&茹でたてのとうもろこし。





そしてスープは、何度飲んでも覚えられない中華スープ。
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おかん「なにこのスープ!初めて飲んだ!!!」



実際、何度も出して何度も飲ませてるんですけどね。

今年だけでこんだけ飲んでる↓







なぜかおかんはこのスープの味が覚えられず、

毎回「初めて」を連呼するんですよね。

なんでなの・・・





で、〆のデザートは仙台銘菓、萩の月。
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今でこそ指一本買えるようになった萩の月だけれど、

20数年前の萩の月と言えば、高嶺の花中の高嶺の花。

めっちゃくちゃ人気で、店頭に並べ歯売り切れ続出。

おいそれと口にできるものじゃなかったの、

覚えてる方いらっしゃいます?



そんな萩の月には、今でも忘れられない思い出がある。



あれは今から20数年前のこと。

当時私が働いていた会社は、出張時にお土産を買ってくる風習があった。

東京なら「東京ばなな」、福島なら「ままどおる」、長野なら「小布施堂の栗かのこ」あたりがテッパンだが、

中でも人気は仙台。

そう、「萩の月」は土産の王。



ふわっふわなカステラにとろ~っとりたカスタードは、当時斬新とも言える組み合わせで、

老若男女を問わぬ人気をみせた。

特に私たち女子社員は、萩の月が好きで好きでならず、

営業の宮城出張が決まると、かける声が「萩の月」になるほど(←絶対に買ってこいよ。という圧)、萩の月の人気は絶大だった。



そんな折、社長&専務の仙台出張が決まり、

私たちは喜んだ。

「萩の月が来るーーー!」と。



当時の会社がディーラーだったこともあり、社長&専務の移動は車。

お偉い陣に相応しい、自動車電話を搭載したちょっといい車で旅立つことに(←なぜなら携帯は田舎に電波がなかったため)。



私たち女子社員は目的地までの地図を作製すると共に(←なぜなら当時ナビが微妙だったため)、

2人が迷いなく萩の月に会えるよう、

仙台に行き慣れている営業から綿密な聞き取りを行い、

萩の月が売ってる仙台のお店リストも作成し、

それを託した。

絶対に忘れんじゃねーぞという圧で。



それから数日後、

2人が帰る日、もとい萩の月がやってくる日。

2人が乗っている自動車電話から電話がきた。



「これは萩の月を買った報告だ!」

と喜んだのもつかの間、

蓋をあけてみれば、

「実は萩の月を買い忘れた」「別のお土産ではダメだろうか」という死刑宣告のような電話だった。

いいワケがない。



電話を受けた私は、

すぐさま社内に「社長が萩の月を買い忘れました」と放送を流した。



社内が一斉にざわつき、内線がじゃんじゃん鳴った。

「ちょっと待って、社長は今どこにいるの?」

「もう仙台はでたの?」

「高速のPAにも売ってるはずだから止まってもらって!」



私はその旨を社長に伝え、

萩の月なしで帰れないことも伝えた。

「多分、萩の月がないと暴動が起きます。」



そして私たちは、電話帳と仙台に詳しい営業の力で萩の月を作ってる会社を調べ、

そこに電話して、萩の月が置いてあるであろうPAを教えてもらい、

すぐさま社長に電話してそれを伝えたところ、

「そのPAはもう過ぎた!」と言われ、

私は迷いなく伝えた。

「戻ってください。」



社長は「え、戻る・・・のか・・・?」と渋っていたけれど、

私の後ろでは、経理のお姉様方(萩の月が死ぬほど好き)が、

「萩の月は・・・!」「萩の月だけは・・・!」とざわつき、

それは電話中の社長にも聞こえるざわつきだった。



社長は「分かった・・・」と、観念し、

実際に萩の月を買ってきてくれた。



ちなみに、後で聞いた話によると、

社長はすぐさま次のインターで降り、PAに戻って萩の月を買おうとしたら売り切れで、

マジで泣いたそうだが、

自らの判断で仙台市内に戻り、そこで萩の月を買ったらしい。



今でこそ指一本で買えるけど、

当時、萩の月は宮城に行かないと買えず&食べれぬ特別なもので、

宮城に行って萩の月を持ち帰らないのはもんんんんんんんんんんんんのすごい大罪だったんですよね。

あの時代ならではの懐かしい思い出です。





他、小布施堂の栗鹿の子も同様に人気で、

あれもうっかりPAを過ぎようものなら、

戻って買わなければいけないものでした。
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そんな萩の月は、10年ぶりに食べてもやっぱり美味しかったですって話。

萩の月ラブ。






今は指一本で買える萩の月↓






ご清聴ありがとうございます。

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ありがとうございます。ぺこりぺこり。






あの当時、萩の月も大好きだったけど、

ちゃんと戻って買ってきてくれる社長も、

社員全員分のお土産を経費で精算してくれる会社も大好きでした。





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